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シンガポールでの生活を懐かしんでみる

2005.10.04. [22:18] シンガポールでの生活 | C:2 | TB:0 | Edit

フランクフルト直行便はめちゃくちゃ高いので、経由便で行くことにしました。経由地はいろいろあるんですが、選んだのはシンガポール経由便。

シンガポール・・ダーリンとCobuは香港に来る前はこの国に住み、働いていました。いろんな意味で、かなり思い出深い場所です。

ちょっとシンガポールでの生活を思い出してみちゃったりしました。

ダーリンとCobuが住んでいたのは、ダーリンパパの所有する、公団住宅(HDB)フラット。かなりローカルな生活してました。

Clementi

住んでいたクレメンティのHDBフラット。売店では野菜や、パン、カヤ(緑色の甘~いペースト。トーストにぬって食べると超おいしい♪)とか良く買ってました。

Cobuが就職したのは、米系大手通信会社ファイナンス部。
ダーリンが就職したのは、シンガポール大手会計事務所監査部。

Cobuの初任給はダーリンの2倍以上でした。同じ学歴でこの給料の差は、Cobuが就職したのがアメリカの会社というのもあったと思うけど、一番の理由は、Cobuは日本人、ダーリンは中国人、ということ。

2人ともシンガポールでは労働ビザを取得して働く外国人。持っているパスポートによって給与の設定というのはあるもので、日本人の給与は比較的高く設定されているようです。実際、Cobuは長年この会社で働いているシンガポール人同僚よりも高い給与をもらっていました。

ここが今までの学生時代と違うところ。就職し、歴然とした給与の違いを目の辺りにして、ダーリンはかなりショックを受けたよう。ダーリンと同じ時期に入社したシンガポール人同僚の給与が軒並みUPされるのに、ダーリンの給与はあがらず・・。
Cobuもダーリンも、この時期は超・超多忙で、ストレス溜まりまくりの毎日で、お互いを思いやる気持ちとかそういったものを持つ余裕もない、といった状態でした。

心がイガイガ状態で、お互いすれ違いの毎日。家で会っても目を合わせない、話もしない、というような時期もありました。Cobuのもらってた給料だったら、ダーリンと一緒に住まなくても1人でも生活していけるし、別れてもいいと思ってました。実際、何度も別れ話を切り出したりもしたし。ホント、お互いいっぱいいっぱいだったんだと思います。

でも、やっぱりダーリンと一緒だと楽しいし、傍にいると落ち着くんです。この人しかいないんだなぁって改めて実感しました。

Darling-Singapore

オーチャードロード沿いのカフェにて。シンガポールではよくカフェに行きました。そういえば、香港にはカフェってあまりないなぁ。あっても席が空いてない(笑)人が多すぎるのか。

Cobuが働いていたオフィスはラッフルズ・プレイスというところにありました。日本で言うと、丸の内にあたるそう。ランチはいつも近くの「ラオ・パ・サ」や、「ゴールデンシュー(これはかなりローカル)」、「チャイナ・スクエア」のホーカーセンターですませてました。Cobuの大好物が「ラクサ」!!これは激ウマ!!辛味とココナッツの味がマッチしていて、はまります。

Laksa

シンガポールではラクサかチキンライスばかり食べていたような・・。

香港で働きたくて、会社を辞め、シンガポールを去りましたがたまに緑いっぱいのガーデンシティを懐かしく思ったりします。

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    Cobu

    • Author:Cobu
    • イギリスの大学を卒業後、シンガポールで就職→香港に転職。2006年3月香港で男の子を出産し、働くママになりました。

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